夏のささやかな午後。インターネット通販のキラットで夏を凌ぐために大量購入したブツが冷蔵庫に格納されている。オレは急いでドアを開け、S.PELLECRINOの炭酸水という夏のブツのキャップをまわし、14時の時報にあわせて空け、山下達郎サンデーソングブックのラジオに灯をつける。

 

こんな小市民の、こんな夏を爪立ちさせてくれている、目の前のS.PELLECRINO炭酸水にオレは一礼の夏の敬意をはらう。1本あたりの単価は48円でコストコもかなわないような値段で売ってやがる。キラットという妖怪みたいな店をネットでやっている奴は、どんな奴だ。日曜日で風采の上がらないオレを助けてくれる君は、今日の救世主だ。

 

最初の一口のジュワアーー!・・ムムム!・なりませぬ!この爽快さ、スネアの音のような弾み!その音の奥深いのは、こいつの出身がイタリアというせいだろう。歴史に連なった陽気な男達の歴史とダンディズム。重ねて、ミラノのフォーシーズンズホテルでオレに100万ドルの微笑み返しをオフショアの風のように送り、脳天逆落としをくらわしていったミラネーゼのアモーレの口角の放物線、なぜかオレの記憶の回路は、そこに繋がっていた。もう、オレは妄想が始まると止らない。そうさせたのは、S.PELLECRINO君、君だ。

 

ヨーロッパを旅していると、女性のベテランガイドさんと夜食事に行くのが好きだった。(^O^)オレは、2週間滞在したイタリアのフィレンツェで、ドゥオモの近くのトラトーリアで、こんな話をその女性ガイドさんから聴いた。「イタリアというのは、フランスの文化を創ったのよ」というワインが人を近づけるには十分すぎる話題だった。その主人公はカトリーヌ・ド・メディシスという(時は16世紀百花繚乱ルネサンスの都はフィレンツェ)、メディチ家よりフランス王家に嫁いだ女性だ。その時は初めて聞いた名前だった。

 

当時のフランスは、鳥がまるごとテーブルの皿に盛り付けされ、それをみんなで宮廷で分けて食べていたというお粗末な食文化レベルにあった。そして世界でイタリアだけが洗練されていた時代。そこに、カトリーヌの嫁入りで、フォーク、野菜、ソース、調度品など、フランス食文化の革命がもたらされた。ちなみに、彼女はマカロンの生みの親ともいわれ、お菓子文化の生みの母でもある。そして、晩餐会で食の革命を広げていった切れ者の100%の女なのだ。たった一人の結婚が、その国の文化までもかえてしまう・・・。香水も調香師を連れてきた彼女が発祥なのですよ。マリーアントワネットではないのです・・。

 

カトリーヌ・ド・メディシスは14歳で結婚したのですが。10年子供が出来ず、牛の糞と雄ジカの角を彼女の「生命の源」に貼り付けたり、騾馬の尿を飲むことまでしたそうで、100%女のパワーに脱帽するばかりだ。それでも苦節10年で子供が出来て、12年で子供を10人残すのです。ただですよ、国王には愛人(ディアヌ・19歳も年上)がいて、生まれた子供はディアヌに育てられ、子供とは別居のまま暮らすこととへ。話すと長くなるので止めますが、そんな夫が亡くなっても、ミケランジェロに銅像を頼んだりして、優しい女、いや強い女なんですよね。ノストラダムスとも交流があったとか・・・まだまだ僕には謎めいた女性です。歴史の扉は、こんな女性の生涯を追いかけてみたく運命から始まるんだと思う、フランスのロワール川流域に広がる渓谷に彼女の破片があるアンボワーズ城、シュノンソー城、訪れてみたい場所なんですよ。

 

ラジオからは、山下達郎サンデーソングブックで竹内まりやさんとの納涼夫婦放談のお決まりの最後の曲「さよなら夏の日」が流れて来る。夏が過ぎ去って行く、ぶるぶる震えていた、太陽が肩の力を落としながら、新しい季節に向かおうとしている。「お天道様よ、今年の夏はやりきったな」とオレは声をかける(笑)

 

2016年の夏は、雨のない夏だった。それはまるで、灼熱の狂った太陽に、サンドペーパーで心が削られていくような気分だった。その摩耗感、ヒリヒリとした疲労感に頭が思考停止になったのが何回かあったほどだ。朦朧とさせられながら、タフネスについて考えさせられた。

 

そして、来週のサンソンは、竹内まりや「September」が冒頭でオレの人生に変らず流れるだろう。オレは、何年この番組を聴き続けているんだろう、でもたったひとつこういう番組があるから、オレみたいな民くれは、スタバの珈琲とともに救済されてゆくのだ。自分のリズムを保つのは、こういう音楽であったり、季節の食べ物だ。世界を廻って思うのは、日本の果物は世界最高だと、胸を突き上げるほど自信が漲る。産直にいってシャインマスカット一房が1,200円だった、旨いものは、旨いのだ。