時計の針は1980年代、愛媛から青春18切符を使って松山から夜行列車で就職活動を行なっていた私は、旅行会社を目指していました。

 一度不合格になった旅行会社の最終面接が英語面接。「聞いてないよー英語面接なんて。社長もう一度チャンスを!」という手紙を書き。再び欠員ができたということで日本旅行という旅行会社に入社。
 その英語も話せぬ田舎者を日比谷海外旅行支店という海外旅行専門の支店に配属してくれたのは、夜行列車できた若者を面接してくれ往復の旅費まで配慮してくれた人事課長さん。そんな出会いをドラマにしてくれるHOTな時代を今は懐かしく思い出します。※1ドルが250円くらいの時代。
 昨日の新聞「2013年JTBが来年の海外旅行者、過去最高」の記事が載っていました。団塊世代の旅行需要、格安航空会社(LCC)の路線拡大なども追い風になり海外旅行が面白くなりそうです。
 銀座G8ビルという夜の不夜城 リクルート本社。年末はGIVといわれるインセンティブ旅行で社員が目標の達成具合により、国内や海外旅行に飛び出します。
 旅行の打合せに行くと、社内放送で「○○さんA社プロジェクト受注」という放送が入り、それが天井からの垂れ幕になり社内は活況を呈してました。
 250名くらいを連れてハワイに行ったのですが。当時のホノルルはホテルがなくてツアーの1週間前にホノルル4日間が、マウイ2泊ホノルル2泊に変更。(笑)※当時は頻繁にありました。
 おまけにホノルルからマウイの乗り換えに3時間くらいかかり・・・先輩社員が「コーヒーショップでなんでも注文してください!」と一声かけると、コーヒーショップの全商品がなくなり(笑)青ざめた先輩の顔が忘れられません。マウイは通常のホテルがなくて、コンドミニアムを借り上げての苦肉の策の旅行でした。それでも・・・すべてを帳消しにしてくれるマウイの青い空がありました。
 「大統領のように働き、王様のように遊ぶ。」ではないですけど。1年おもいっきり働いて、社員みんなでハワイで年末をすごす。胸の高鳴りや、エネルギーが炸裂し・・みんなの焼けた肌と、笑顔が記憶に残っています。
 そして新年は浅黒い顔で、焼けた水着のあとをニヤニヤ鏡で見ながら仕事につく。これでいいのだ(笑)
 思えば「なんとかなるさ」が通じた時代でした。今は東北大震災で「なんとかなるさ」の言葉が通じない空気が蔓延しています。
 日本の景気をどうやって良くするのかが論じられます。
 いろいろな手当が政府から提案されますがうまくいかない・・夢のエキスが少々足りない気がします。旅にはあるんじゃない。
 新婚旅行でハネムーンに行ったら、減税されるとか(笑)子供増えます。(^O^)
 若者には旅させろ!でいろいろなプログラムをつくって海外を魅せたりとか。
 留学を支援したり、学校の修学旅行は格安航空会社(LCC)で海外にいったりとか(国内予算で行けるやろ・・。)、ワーホリをもっと拡大したりとか。
 旅行前夜・・ガイドブックを広げ・・・。
 「ここ、絶対いかなきゃ!」
 そんなワクワクがとても大好きです。
 2013年はITと旅行で人生を面白くやってみたいな・・・。
 つづく!

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渡部雅泰クレストデジタルズ株式会社 CEO
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