新米を食べました。

夏の灼熱の太陽から存分な栄養を受けて、近年みたことのないような仕上がり。口の中に広がる規格外のうまさ、こういうお米はさめて食べても旨いに違いない、秋の味覚を感じされるには十分なほどで、日本人である喜びをよびさましてくれた。

 

さて、日曜からおふくろが9日間のパリ旅に向かった。弟がエスコートしている。ひとつひとつの携帯品や服をチャックのついたビニールに丁寧に積み込んでいる、携帯用の化粧品をエミフルで買ってきて夜は肌が荒れていないか入念な確認を行っている。旅というのは・・このひとときが一番楽しいかも知れない。なんだろう、恋人が待ち合わせの喫茶店で彼氏彼女を待っている時間の流れ方に似ている。人生に大事なのは、このざわめきなんだと僕は思う。何かが始まる前の胸の高まりは、24色パレットのように鮮やかで何とも言えないだろう。

 

松山からは夕方の国内線で羽田に行き、そのまま3時間ほどのトランジットの時間を過ごせば、羽田発のエールフランスに搭乗できる。12時間を超す飛行は、背中は硬い座席に体力を吸い込まれ、浅い眠りにむかつきながら、それでも感じるはずだ、ただならぬ予感の鼓動を・・・。

 

人は旅に出る。毎日の同じ景色をまとっいる自分が、世界最高のデザイナーがつくってくれた、時の洗礼をうけた彩りの景色をまとえてしまう、それが旅だ。脳細胞に何をインプットするか、旅のインプットは見事な彩りと、グラディエーションを放ち「物事の味わいを感じ取る能力」を覚醒させてくれる。旅というのはそういう能力を血肉化している地場があって、人生の風圧を感じるときに、毅然としてその思い出がまず立ち上がる。「人はささやかなものに救われる」、ただそれは、実際にその眼(まなこ)で見たものが必要で、「生きる」という自分の真実はその中にあるのではないだろうか。

 

人はいつか朽ち果てる(笑)結句、その最後で自分を助けてくれるのは、ささやかなものだ。人生は、無駄な金と、無駄な時間でできているんだと思う。そのくだらないモノだけが、箸にも棒にもならないものが、無意識という振り子を産み出し、人生の幅をでかくしているのではないだろうか。

 

僕はTSUTAYAで、アメリ、ムーラン・ルージュ、オペラ座の怪人、ダ・ヴィンチ・コード、ビフォア・サンセット、パリ・ルーヴル美術館の秘密、パリの恋人、ココ・アヴァン・シャネル、ミッドナイト・イン・パリを借りておふくろに準備して渡したところ、全部見たという・・・。

 

78歳のおふくろは、小学校の時に父をなくし、兄弟4人で支えながら生きてきた。母と兄貴が農業をしているなか、食事や洗濯という家事全般を受け持っていた。たくさんの辛苦をなめた人生の出来事を、すこしだけこの旅がオーバーライトしてくれたらいいな。

 

人生には、こういう打ち上げ花火が必要だと思う。楽しんできてね

 

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渡部雅泰クレストデジタルズ株式会社 CEO
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