先週末の木・金で薩摩に一泊二日で親孝行旅行へ。

夕方、早くに城山観光ホテルについて。露天風呂にはいり、平日休むという罪悪感をつまみに、桜島にみとれながらビールを飲む。ビールが格別にうまい。旅には、ただならぬ出会いがあるとボクは思っている。そのただならないものが、こんな罪悪感のなかにもあるようだ。

臼杵から、初夏の空気をフルショットで浴びて九州の開通した東高速道を通りを走れば、5時間半ほどで知覧特攻平和館についた。きわめて個人的な「人生で訪れたい観光地リスト10選」のなかにそれはあった。知覧の町に入ると、道路の沿道に灯籠が立ち並び、葉桜の緑に、鎮魂へと気持ちが変わる。「桜のころ来ればきれいだね」と、おふくろがいう。

明日自分の命が消える。愛する家族、恋人、仲間ともう二度と会うことはできない。命のともしびが消えるという極限の心境で書かれた遺書を前に、おふくろは若き隊員の骨をひろうようにメモ帳に記録していた。どの遺書も日本人としての魂の根っこが大地に何十メートルも伸びているような気がした。

「父ハ スガタコソ ミエザルモ イツデモ オマヘタチヲ 見テイル ヨク オカアサンノ イヒツケヲ マモッテ オカアサンニ シンパイヲ カケナイヨ ウニ シナサイ」

このころは初めて子供がならうのは、カタカナであったらしい。

母への気持ちを綴った遺書がほとんどで、父への個人的メッセージを残した遺書には出会わなかった。「母は、偉大なのだ、そして男は消耗品なのだ」それでいいと思う。長い距離の運転者として、旅行のプランお膳立て裏方として、男は消耗品係であり、照明係なのだ。これからも暗く哀しいことがおおい。(笑)

知覧茶の新茶でのどをうるおし。茶畑の中を池田湖、開聞岳とはしる、愛媛とくらべて大地が格段ひろく開放感につつまれる。「島津家の殿様にぼんくらはいない」らしい、開拓のスケールが違う・・さすが薩摩でござる。

二日目はかごしま近代文学館の向田邦子の世界ゾーンを訪れる。100%の女性であり、「思い出トランプ」や「あうん」などを読みながら女性からみた男性を描くとき、一段とペンが輝く。スキーのジャンプで到着予定の着地点から、最後にグンと3m伸びてくるんだ、ペンが。男は女には勝てない。※そこも「人生で訪れたい観光地リスト10選」のひとつだった。

そして、29代島津忠義の本邸、仙巌園へ。入場料1000円、殿様の御殿をみると1600円になる。迷わず、殿様の御殿コースを選ぶ。これは元添乗マンからいわせれば、旅の鉄則。この特別コースにこそ「旅のこの世ならざるモノがある」

たとえば、殿様の住むゾーンには何人も入れないのだ、そこにあるのはわずか15cmの段差なのだ、この場所を宝物を見つけ気分になる「やった」と一人旅の醍醐味をかみしめる。その段差を越えると、家臣の控えの間が必ずある。そして、そこでお抹茶とお菓子をいただきツアーは終了。見事な壁の色、寝所、天井の高さ、調度品、庭の菖蒲の花のたたずまい、なんともいえない。

松山に来ても天主閣にあがらないで帰る人たちがいる。ダメです。城は天守閣のところから、石積がかわり、石落としがあり、最後の反撃の仕組みが網羅されているのだ。

そうして臼杵から八幡浜へもどるフェリーで100円の毛布のぬくもりで爆睡し、松山までの高速が工事中で、下道をひた走り、親孝行旅行がおわった。

「ありがとう」のおふくろの笑顔が何よりの人生の戦利品だ。

 今日は、こんなところです。