スマートフォンの普及が加速し、スマートフォン等をつかって人生の記録を残すライフログという言葉がやっと巷に出てくるようになりました。

ここで問いたいのが、記録を残すということに意味はあるのかということです。

「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」という言葉がありますが、人は仏典を学び、戦争という歴史の記録を学び、偉人たちの思想を学び、倫理や学問を学びます。

もしその記録という歴史がなければ・・そう思うどゾッとします。

「日記は手紙と同様、久しい間、他の表現手段を奪われた女性の創作力の避難場所であった」と分析する人もいます。

新聞、本、マスメディア、雑誌などが世の中の中心を走っていましたがスマホが登場してひとつ大きく変わったことがあると思います。

それは「個人の情報と体験」という分野です。

飲食店で友達がピザを食べたら、それをTWITTERで140文字程度で発信し FACEBOOKでは「いいね」を押して、「私も◯◯のピザ大好きです。」とコメントする。

これには、どんなチラシも、どんな広告も勝てない時代がきたのです。

企業は情報を持っていて、情報を発信する時代から、
いままで情報を受身であった顧客が情報を発信する時代へと変化したのです。

個人が残すライフログには、伝播する力と拡散する力が備わりました。

ここに経営者は、次の時代のヒントの匂いを感じているでしょうか?

今、ひとりの顧客に向かい合う時代がきました。

スティーブ・ジョブスは、生前、毎日鏡に向かい問います。

『もし、今日が人生最後の日なら、今日やる事は、本当にやりたいことだろうか?』そしていろんなことをつぶやいたでしょう。

スティーブ・ジョブスの目の前の鏡が、録画機能を持っいたらどうなりますか?何も意識せずに、ライフログが記録されていたら・・。

それが親父だったら・・・

それを見たのが、まだ見ぬ孫だったら・・。
歴史に学び、我をただし「事を成す」でしょう。

ライフログは無限の可能性を秘めています。